2016年09月22日

ブログ移動しています

こちらに移動して気が向いた時にちょこちょこ書いています。
↓↓↓
http://dansuzuki.hatenablog.com
どうぞよろしくお願いします〜!
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2015年12月30日

決断をひとつ

今日は12月の28日。今年もあと3日。

家族のことで昨日一つの決断をした。

そのことについて頭をいっぱいにして、それを忘れられず夜を迎えようとしていたけれど、この本↓

柔訳老子の言葉 (ジュウヤクロウシノコトバ) -
柔訳老子の言葉 (ジュウヤクロウシノコトバ) -

を読んでみた。以前買って一度読了したものなのだが、

どのページを開いてもパッと今の自分に必要な言葉が入ってくる。



第26章 隠れて支えている物事を大切に



というところにポッ、っと自分が落ちた。

いいこと言うじゃねーか。なんて強がり言ってかっこつけてみるも、まあ納得の解説。

僕は、お正月になる前のこの年末の感じ、あと数日で今年も終わりかぁなんて言ってるそわそわした町の様子が好き。

そんな日々に、心落ち着く老子の言葉で、それとの温度差を味わっている。

posted by dan at 00:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月08日

バイクツアーに参加

バイク文化の成熟した社会では、乗る楽しみの選択肢が多い気がするのだ。

先日日本ではまだ出来たばかりのバイクツアー会社の国内ツアーに参加してきた。
バイクライダー歴は20年、トータル走行距離25万キロ、乗り継いだバイクは6台、北は北海道から南は屋久島までバイクで走り、日々は業務としてバイクにまたがるライダーの僕だけれど、かなり楽しい経験だった。かなりね。

そう、何がいいって、ルート選定をしなくてもいいってこと。
完全にオフの休日でバイクを走らせることが極端に少なくなっている僕は遊ぶ理由でルート選定をするのが苦手だ。そういう職業的なバイアスもあるだろうけれど、これは目から鱗だった。言い過ぎかもしれない。だけど自分で乗っている人ならわかるけれど、次の交差点はどっち?この分岐は右?などなど知らない初めて通る道はこんな感じだと思う。それが全くないんだよな。先導のスタッフについていくだけ。そして景色と参加者のバイクとを交互に見ながらなんかこうグルーブ感を肌で感じながらバイクを進めてゆく。

こんな信号少ないルートあったんだ!ここってこんなに気持ちの良いコーストラインだったっけ?ここの定食屋の刺身定食、美味すぎる!、初めてお会いするライダーと一体感を感じることってこんな新鮮なことってなる?普段はほかのライダーが横に並んだら、なんだよこいつ!って信号ダッシュでゼロヨンやってしまうところだけれど。

アテンドするスタッフの方々は実に紳士に我々を一日楽しませてくれた。これもまた気持ちよく、いいな!と思えた一つの理由だろう。
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欧州や北米ではこの手のツアー会社が今人気だとか。アドベンチャーツアーや宿泊しながらの長期間のツアーなどそのバリエーションはかなりの数がある。バイクツアーで海外検索をかけてみることをお勧めする。

もともと向こうのバイク文化に興味があったのでバイクツアーの会社のことも以前から知っていたがいざ日本にもできて参加してみると、納得、であったのだ。これはおもしろいです。玄人ライダーにも若葉ライダーにもおススメだ!

こちらのバイクツアーに参加:http://k2biketravel.com/
posted by dan at 23:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月07日

オートバイオートバイ

早いもので月日は過ぎてゆく。
あれからオートバイの日々が続いている。
もうオートバイオートバイオートバイだ。
勢いがついて新たにブログを書き始める。
dtmotolog:http://dtmotolog.seesaa.net/

僕は自分のことを話すまでに相手との時間をかなり経ないと話さないというなんだか子供みたいなところがある。
なぜそんなことを思ったのかと言えば、久しぶりにこのAmketenes!ブログを読み返して、我ながらよく書いているなあ、それでもって、普段ごちゃごちゃの頭をよく整理して書いてるなあと自讃したからで、こりゃもっともっと話すように自分のことをこうやって書いていくとさらに積み重なっていいよなあと改めて再確認したのである。

で、まぁどれぐらいの方々がこのブログを読んでるのか分からないのだけれど、そんなに間をあけずに今後は書いてゆこうと思っております。再びどうぞよろしくお願いしますね。

僕はダンズテーブルのダンと申しまして、、という自己紹介から始めないともういけないでしょうと思う年月になってきたかな。それにはこの過去のブログや、ググってみればホームページもあるし、食べログなんかでも紹介されていましたのでそちらをご覧いただくとします。

そのダンは今オートバイの仕事をしています。
ウイークデーは、マラソンや駅伝の中継バイクのドライバーとして、シーズンオフは都内の某報道機関でいわゆるプレスライダーとして働いおるのです。
プレスライダーの花形仕事と言えば通称”おっかけ”。とはこの業界に入ってから知ったこと。世間を揺るがす大事件の際に、ニュースになる方々を機動性を生かしたオートバイで追うという仕事。へえーそんな仕事があるんですね!ってあるんです!
と、僕の興味はこちらではないので次にいきます。
ウイークエンドは、自転車レースのいわばオートバイでマーシャル的な事をしています。その役割は多岐に渡るので先ほど紹介したdtmotologにでもそのうち書こうと思うけれど(おっかけ仕事のこともあとで書きます)、とにかく日本列島を西へ北へとオートバイな日々を送っているわけです。

そう、俺ってオートバイに乗るのは天職だわ!とオートバイに跨るたびに思うんだよなあ。
そう思いながらここ数年は過ごしてる。
同時に僕のオートバイ仕事の解像度をもっともっとあげるにはどうすべきか、との問いも持ちながら。
それはやっぱり、ダンズテーブル時代に”仕事”について気づきを得たことが大きい。
それはリビングワールド代表の西村佳哲さんによるところがすごく大きくて。
著書から始まって、出会って、ダンズテーブルにも来ていただいてワークショップをしていただいて。

とにかく”オートバイ解像度”(笑)をあげることが目下の日課になりつつある。
さて、今日はこのあたりで。
また明日にでも続きは。A3E444C0-972D-42F9-8B4D-3F8A32B393FA.jpg
posted by dan at 21:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月24日

坂口恭平

脈々と続く時間の中での今日という日はとても風が強い。

北西の風 風速9m/一秒間

のんびりとする週一回のオフの日。
完全に日常的な僕の仕事となったオートバイ。
さらに、オフの日の今日は自前のオートバイを引っ張り出してひとっ走りおいしいエスプレッソを求めて出陣しようかと思っていたのだが。断念。

電車通勤が始まった。往復4時間の道中は当初自分の気持ちの中にどういう落とし所を見出すのか興味津々だった。
でもそれが40日経って貴重な自分への栄養補給の時間へ変わった。

読書、メールチェックに始まり、ニュース、ストリーミングでの音楽、ラジオ、ブログやソーシャルメディア閲覧、映画などなど、、”あいほーん”という大人のおもちゃは実に快適な時間を提供してくれる。

完全な一人の脳内自由時間は結構いままでなかった気がしていて帰宅するころには日中出会う出来事(仕事柄ストレスはあまり発生しないのだがそれでもアップダウンはある。身の上に起こるトピックに出会うと気分がすぐに高揚したりゲンナリしたりしやすい性格体質もあるのだが)からフラットな自分をすでに取り戻している。

そんななか僕の頭の片隅には近頃この人がいつもいる。
坂口恭平だ。
ぜひ動画を!
http://youtu.be/xn0GpT5Xpso  (連続で9まであるようです)
http://youtu.be/tZcl8lyNlO0 (こちらは6まである ちょっと過激な彼だがぐいぐい引き込まれる)

初めて自然農を知った頃の僕の気持ちにとてもよく似ている。
彼のようになりたいとか、彼の振る舞いを真似たいとか、なんていうか、そういうのじゃない何かが僕にぐっとささる。

ズバッと”なんとなくこっちじゃなくてこっちでしょう”という僕の思いを代弁してる。

”ああ、彼と同じこの時代に生きて、彼を知りえたことは本当に貴重だな”と思うのだ。

この世に生きるすべての人間は他のひとよりも秀でる才能を持っている。と僕は近頃そう感じていて、つまりはその彼の才能(コトバや音楽や映像から見る姿が)を僕がキャッチしたということ。

まあまあしかし、いったいこの芸人ぶりは、すごいなぁ。
僕には花坂爺さんのようにもうつる。実際そうであるとおもうのだ。

彼が何かをしてくれることに期待をしている、というのではなくて(もちろん)、僕が彼を見てビン!ときたことから始まる脳内変化を僕自身が見たい。そう思うのだなあ。


・”止まない雨はない” 

・実家の農場で数年働いた後オーストラリアの酪農場に訪れた時に知ったこと。
一ヘクタール当たりの飼養頭数が決められていてそれは日本の数十倍になること。つまり広大な土地でしか牛一頭を飼育できない。人間の10倍以上の体重をもつ動物を飼うのに必要な牧草地という考え方。いかに集約的に効率よくというアメリカ、日本とは間逆の考え方。でもそれを現地で目の当たりしたことによって僕の中の農業に対する枠組みがガランガランと音を立てて崩れ落ちた。

身近で育児をする若いお父さんが最近放ったコトバ。日々においてのルーティンのなかで喉の奥に刺さった小骨の如く残っている言葉が一つ目。
二つ目は、自分の内面、思考、行動を根本から変えてしまう出来事に出会ったこと。

知ることは恐ろしいことだ!と坂口恭平が豪語する。
日光に遠足に行った小学校時代を思い出す。
見ざる、聞かざる、言わざる 東照宮にはそんなオブジェがあったっけ。(ウィキると古来世界各地にこれのモチーフあるのだとか。おもしろい。)
(本当の真実って恐ろしいから見ない。聞かない。でも一度聞いてしまうとそれを自分の外に出したくない、人間の心理?ここから紐解くトピックもおもしろいとか思ってしまって思いを馳せる。ブログ一時中断、、、。)

知ることは恐ろしい。そうだ。思わぬ展開でその後自分を内面から変化させてしまうトピックは、ある。
でもそれはまだ見ぬ(数分先だって)未来の自分を、変化してゆく自分を楽しむトピックであると思うのだよなぁ。


posted by dan at 15:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月25日

currently,

人の想いとは勝手なもので様々なことを言ってくる。
それで自分はどう動けばいいのかを時に見失う。
そういうときにこそ本当に自分のどうしたいのかに立ち返ることが必要なのだ。

なんとまあ義務教育中の道徳の時間や担任の放ったようなコトバを並べてみたけれど、僕は実に今そう感じるのだ。

おいしいエスプレッソをカッと飲みながら考えている。
このブログで書いていたことがここ一年で現実になっている。
ここ一年というよりも年々、時を経るごとに、と言ったほうが正しい。

帰社時間ごろの港区港南付近 by Moto
それはどんなことなのだ?と言えば、自分でも気がつかなかったことだ。
無意識に日常でしていた自分の行為が他人の目からは当然でしょ!とすでに当たり前の事がそれだったのだ。

これなんだけどね。(この右端でmotoに乗っているのが僕)
でもなんだっていうのだ!毎日毎日motoに乗っていることが飽きないなんて自分でも信じられない。
無意識下で行われていること。いや無心に無意識でできること。ちょっと違うな。
以前にブログでこんなことを僕は書いている。
http://dans-blog.seesaa.net/article/112760275.html?1353787788
この感覚にとても近いことが僕の日常で日々行われている。
それはそれは嬉しいのだ。
そう、願っていれば叶うのだ。というシンプルなものだとも思う。
そのシンプルさはまとわりつく自分の欲望のあれやこれやを一切そぎ落とさないと全く見えてこないものだとも思う。冒頭で書いたようなことが多分に含まれる。僕はその声を聞きすぎたんだなあ、と思うのだ。人の声をね。

情熱(パッション)を探し求め、外のドアを開けに突き進んでいたのだけれど、それは自分の足元にあったのだ。
自分の中にあったのだ。灯台下暗しとはまさに!なんだ。

自分に立ち返ったここ数年だったのだな。えらい年月がかかったぞ。
ダンズ・テーブルよ、Oh! Gad,thank you thank you thank you!
posted by dan at 05:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月22日

逡巡のなかで考えるシンプルなこととは



さあ書くぞ!と意気込みPCのふたをあけ起動し書ける体勢になるまでに、おい!30分もかかるのか。。随分と僕もこの四角い大きな機械から遠ざかっていたもので、その間にマックブックも古くなり稼動せずいつのまにかウインドウズで書くということに今宵はなっているのである。

さて、今はとても便利な時代になったもので息子がローマへ旅立つそのアリタリア航空の現在地がリアルタイムで!しかもタブレットで歩きながら把握できるのである。その有様をパチリ。さっきランディッドの表示がフェリーチモ空港のサイトに表示され新米の父とは母ほっと胸をなでおろす。

そもそも親が行くよりも早く欧州へいくなぞなんと!小さな親善大使よ!わが国の代表をして行ってくるのじゃ!

明日は小松さんの開催するワークショップへでかける予定。わさわさばたばたと近頃を過ごす自分に栄養と静養とフレッシュなエキスを注入する為に。

どんな明日になるのだろう。そしてまたどんな自分にワークショップを終えるとなるのだろう。それはどうしたいのだ?どういう自分になりたいのだ?ということにつきると近頃強く思う。

一年前に夢想していた自分に今はなれているか。その途中であるのか。とても重要なことだ。

計画的に、、なんという言葉!が自分のタイプする指からこぼれてくるのだ。
そう、計画的にその夢想を現実に変える段取りをするということが必要なのだと思うのだ。

どうなっているのだろう???ではなくってね。ワークショップを終えてどんな自分にしたいのか、日々をすごしてどんな未来にしたいのか。

イタリア滞在の代表者が今日話していたコトバ。

”この子達の後には何人もの子供が並んでいると思ってください。小さな親善大使なのですから。”

これは重いコトバです。そういう想いで活動をなさるこの団体に賛辞と同時に、これは、僕らにつきつけられた問題でもある。未来をどうしたいのか?未来はどうなっている?ではなくて!!未来をどうタクトを握って作っていきたいのか。

一年前の夢想は今生きるうえで正しかったのか、そして今日思うことは来年に計画的につながっていくことなのか?

それがわからない、ではなくて僕らはもう考える時期にきているのだなと思うのだ。それも強くそう思うのだ。

ん?いつも考えてるって?

僕も後追いします。素敵な未来のために。今日を生きよう!

(今日を懸命に生きているとソーシャルネットワーキングサービスで時間を費やすその時間がもったいない。かくいう僕、浪費しているな。うーんフェイスブック、俺には合わんかも。なぁ。)

posted by dan at 03:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月11日

しかしいろんなことをやってきたけど,,,still i'll do something!

このブログもたどっていくと2004年にさかのぼっていく。

ということをかれこれ1weekになりそうな静養のタイミングで、webがぐちゃぐちゃになっている(なっているのは僕の頭の中だけ。だけど今現在の僕自身と隔離したwebを整理しなきゃならん使命感がいい加減になっている意味)このタイミングで知った。

04'から早くも7年が過ぎようとしている。
僕は今、moto(オートバイ)に傾いている。そんなjobを日々の時間のうちほとんどを費やす。
それは自分でも驚くほどの時間の費やしぶりだ。

読み返すブログには、幼い自分が居た、というより今を知る由もない自分が居て当時の楽しい八方ふさがり感が手に取るように見える。
自分にとっての衝動とは?なんてエントリーを書いていた時が思いのほか結構あって、”今”の自分にその答えがあって正しい計算の答えが最近でたんだ!という想いがある。

どうもこのAm ketenesブログには同じようなトピックしかなくって(自分しかそれはわからないのかもしれないが)それは今もそのトピックを抱え時間が進んでいると実感としてある。

ああ、結構いろんなことやってきたなぁ。自分よ。
でもこれからもやるぞ、自分。

お店をオープンしてる、と言うと物理的に開店してる認識が一般的かもしれない。
だから、一旦お店を閉じました、という旨のホームページの告知には、お店に来てくださっていた皆さん、ホームページをちょくちょくのぞいてくれた方々に、これはかくかくしかじかこういうことで閉めましたみたいな説明が必要だ!という想いがずっとあった。

でもそうじゃない想いが実はほとんどで割合にすると8:2ぐらい。
それは僕には”店”をやってるつもりはなくって、その実態は僕ら自身にあるのだということ。
(実際に”聴く話すワークショップ”は継続中だし、もりのがっこうも継続中)
店ではない。だから閉めたとも思っていない。なにか企てたいと思ったら始めるし、やめたいと思ったらそれはやめるに値するとても必要なモチベーションだと思っている。

うわーっ。なんだかこれ、言ってとてもすっきりした。

結局やりたい人が行動と共にdoし、やらずにはいられない人がやり、やりつづけても飽きない人が続き、そこに意味はあんまりないのかも、というのが今の僕の回答になっている。

何が自分にとっての衝動なのか?という以前の自分への問いの答えは意外に自分の中にあって灯台下暗し的だった。

さてさて。
みなさん、お元気で過ごしてらっしゃいますか?

このブログを拝見してる方、以前に僕たちと面識がある方、お店に食事やイベントできてくださった方とお会いしたいなあと考えています。
近いうちにイベント作ります!!


http://danpodcast.seesaa.net/
こんなことやってたんだよ俺。

http://danandkomatsu.seesaa.net/
いい感じでスタートしてた。止まっているのがとてももったいないのでまた始めたい。

posted by dan at 21:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月21日

ダンズ・テーブルから場所を移しての開催

”お互いの話をじっくり聴き じっくり話す ワークショップ”

「自然と農と人からつむぐコミュニケーション」

オーガニックファーマーズヴィレッジ @つくば にて定期開催いたします。

本日第一回開催予定でしたが雨のため中止になりました。

今後月一回の開催を予定しています。(マーケット自体は月2回開催です)

どうして僕がこのテーマばかりにこだわるのかというと、おそらくそのテーマが好きなんだ、と思います。僕の過去を辿ったり、心地よい会話について考えたり、理想の人々の居方、関係性について思ったりするとたくさんの理由に思い当たります。

このテーマが僕は気になるし、いつでも話題にしたいテーマなんだと思う。

日程が決まったらブログやツイッターでアナウンスします。


How we treated eachother.
We are the Environment.

How we treated eachother, is really how we going to treated Enviroment.

私たちをお互いにどう扱うのか。
私たちは環境の一部です。
私たちをお互いにどう扱うのか。それは環境をどう扱うのかということなのです。

〜ジョンフランシス〜

posted by dan at 22:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トピックの多さに驚いて書いたブログとは

2日前の金曜は朝からもの凄い雨で僕は都内にいたのだけど、高速道路は前が見えないくらい真っ白く雨が立っていたといえばいいのか、そんなふうな悪天候だった。それも事前の天気予報ではそのそぶりさえみせず。あれ?結構これは俗にいうゲリラ豪雨じゃないか?しかもそれが数時間という単位でなくて午前中いっぱい、とかそんな感じで。こりゃ、かみさまがお怒りだわ!と僕はなぜか直感的に感じたけれど家に帰ってさやかさんと今日のあれこれを話すと彼女も実はそんなことを考えていたらしい。それにしても寒かった。雨で濡れて、尚かつ最高気温23度、みたいな。前日との差は10度以上だ。田んぼはこの豪雨ですでに重い穂をつけた稲は倒れているのもあったっけ。(そうだ、小松さんの自然農の田んぼは今頃ってどうなんだろ?)
土曜の昼は関西発の関東では僕は初めて行くコメダ珈琲で親戚一同と集う。僕らの家族や親戚はよく集う。まぁ一般的に仲がいい家族なんだと思う。ホントに、よく集う。
帰宅してまた準備。夜は”我が家では家で食べるのが一番のごちそうね”というくらいの食事をした。何を食べるのが僕らは一番おいしいのかと言えば、レストラン営業時代のメニュー食なんだな。「きちんと」お酒とマッチする料理であることも我々のmust食事と言えよう。それにしてもおいしかった!しかし我がさやかさんは料理を(とお酒を)「合わせる」「マッチングさせる」ということにおいてはスペシャリストだな。きっと当時我が家に何度も通ってこられディナーをお酒とともに召し上がった方々にはお分かりになるかもしれないな。などと少し偉そうなことを言ってみる。おいしかったのだ。明けて日曜。雨天のため件のワークショップが中止との連絡こと。関係者には初開催の催し物であると同時に雨での中止は痛いであろうと察する。それにしても残念だ。僕には久しぶりのワークショップであったのだが。
気を取り直してさやかさんとでかける。いろいろと用事を済ませ家に帰ってきてみると、なんと今日は車の契約をしてきたではないか。それもまだ実車を確認できず、環境に優しいとされる新型車を。先攻予約なんてそんなカッコいい言葉を営業レディに使わせてしまって。。というここ数日のトッピックの多さに驚いて、ふとパソコンに向かったのであります。
posted by dan at 22:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月10日

『ダンズ・テーブルって、、何?』

僕らが運営しているダンズ・テーブルの”場”。
長いあいだ外に対しての説明には、伝えにくさを感じている。
簡単に、ああそうなんだ!と納得してもらう為の説明ではなく
僕らがしていることをより自分称で、尚かつ、論じたい、分かりやすく。
と思っている。

友人である小松さんの”「話す・聴く」小論”、が
ダンズ・テーブルの”場”を理解するとき、big helpになってくれる。

いや、これは絶対僕らには論ずることのできない方向からの見方である。
小松さんにはとても大きな感謝をしている。
そして多くの方にこの小論を読んでほしい、と思っています。

以下 リンク
「話す・聴く」小論
posted by dan at 22:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月07日

最近はどんな感じ?僕は。。

最近はtwitterというツールに、ここで書くはずだった事柄が移行してる。とても断片。数行にぐっと凝縮して。といっても結構それぐらいが普段あたまのなかでぽんぽん飛び出して来るフレーズなんだ。それを元に広げるって意識のほうが今まではしたくてこのブログはその記録みたいなものだった。でも、いまは重すぎるんだなそれが。かえって。
僕のこのAm Ketenes(ジプシー語で”みんな一緒!”という意味なんです実は)ブログを楽しみにしていてくれる方々(そんな方々がいるということを最近知ったので書いてます)へ、しばらくはそのtwitterで僕の近況をお知りになってください。

ではそちらでお会いしましょ。
posted by dan at 19:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月29日

僕は優しい人が好きだ
それは優しさを身に纏っている人
誤解を恐れずに言えばそれは笑顔がステキな人ではない
こころの奥底に住む温もりのある柔らかい意識を持った人だ
きっとその意識を持った優しい人はよくそのことをわかっているのだと僕は確信している
なぜならそれは無自覚的にはできないからだ

僕は今、自分のイメージのなかに「小さな柔らかい意識」を見ることができる
それは、ドラマ「大草原の小さな家」のインガルス一家の物語、と、僕の子供の頃の家族の風景だ

5年の歳月を経て、僕はようやく自分に気がついた、そんなふうに言ってもいいかもしれない
それは僕の至福とはなんなのだ、ということに

至福 それは一瞬の楽しみや興奮ではなく永続的にその人間が幸福を携えていくそれぞれの「何か」なのだろうと思う

木の家を自ら建て、カフェを始め、ランチとディナーのレストランを運営し、カントリーダンスのレッスン、カントリー、ジャズ、ジプシースイングの音楽ライブを開き、パトリスジュリアン、西村佳哲さんのワークショップを開催してきたこと

僕らにとってそれは全く同じひとつのことをやっているに過ぎないのだ

全く同じひとつのこと それは暖かな風景 だ

人々が集い、いい時間を過ごすこと 

暖かな、いい時間の概念は僕の中に無数にある

とここまで書いて、それは記す事だろうか?という僕も同居している

言わずに そのままを感じること 今どんな空気がそこに流れているのかに気をとめること どんな音が聞こえ、どんな会話があり、どんなものが自分には今見えるのか 

それは今自分がなにを感じているのかを感じること だと思うのです

言葉が勝手に歩いていること ではなくて 自分で言葉をつかまえながら話す
勝手に歩く言葉に呼応するのではなくて、その言葉を放つその人自身に近づいてみる その人そのものを聴くこと

4月より毎月やることに決めた「じっくり聴き じっくり話す一日」は僕のそんな想いを携えつつひらく場です

インガルス一家の物語と、僕の子供の頃の風景に共通するものは家族です
家族はこの地球のなかで最小単位の社会 この社会で起こることは世界に地球に宇宙に通じている

小さな集まりは、あなたに問い、まわりに問う
丁寧に時間をかけること 丁寧に自分を扱うこと、丁寧にまわりと接すること
暖かな時間とは単に心地よい場所だけではないかもしれない

僕の想いは、簡単にものごとが分かり答えが出る、その答えは一つになる、という社会へのアンチテーゼかもしれない

でも僕は今それがしたいのです

※「じっくり聴き じっくり話す一日」の詳細はこちら


 
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2009年12月06日

タイトルなんかない

何を自分から放ちたいのか。
放ちたい、と思っていることはすなわちそれは現像となって相手に、そしてまわりに理解される。すごくおおきなもの。そしてそれは時に意味をもたないもの、が押し寄せ、潮が引くように去ってゆく。
12月に入った。今年もまた最後の月がやってきた。今年ほど、自分自身を揺さぶられた年はなかったな。でも、それは、揺さぶられたのか、揺れ動いたのか、身に降り掛かってくるものが多かったのか、はたまた自分でその種をまいたのか、くるべくしてくる事象がきたのか、わからん。それを経て今思っているのは、結構これで、いまのままでいいんじゃないか、ということ。それがかなりの安心をもって僕のなかで今着地している。というか確信に変わりつつある。
出会った人の『せい』、だとも、思う。
きっとこれからもここを作っていくと思うし、それは場所が変わっても、だれにも言われなくても、必要とされなれなくても、だれかにもう嫌だ!といわれようとも、続けていくんじゃないかと思う。
変化という意思表明の説明の責任。
でも、やっていることは全く自分のなかで変化したと思ってないのよ。
おんなじことをこの3年ずっとやってる感じ。むしろその「おんなじことをやってる」の純度が上がってきている。
どこに向かっているのか。それは自分のなかに向かっています。きっと、生きる、ということに意味なぞ持たずに生きていた幼少期に。過ごしているのはまぎれもない今この瞬間なんだけれどね。
「自分にあてた手紙のよう」
西村さんは”自分をいかして生きる”でそう本のことを書いていた。きっと、こうあるべき、なんてだれにも言えない。自分であるべきなんだよな。きっと。そうするとだれに言うことなんじゃなくて自分に宛てる、がしっくりくる。と。ほんと、そうだと思うんだよな。
僕は、あなたは、今なにを想っていますか。
言葉なんか意味ない。言葉以前と言う。居方という。放ってるものは「何か」。
「何か」を放っている。その「何か」が僕は同調しあう方達と会い続けたい。

その何かは等価交換。
その交換に意味をもってしまうと、もたせてしまうと悲しくなるときがある。
だからこんなことを言う人がいた。

等価交換はしちゃいけない。
自分の労働を等価交換することは、
働く喜び、生きがいを自ら放棄することだと。
だから贈与しつづける。

と。

しちゃいけない、ということってそれは悲しすぎるけれど、そのあたりのバランスは絶妙だなぁ。
ああ、わからないこと、不確かなことを楽しみながら生きてゆきたい。
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2009年07月06日

いち三輪ファンとして

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2009年06月17日

三輪さんのイベント まだお席ございます!

三輪さんにまつわるこんなエントリー

ジプシー音楽、三輪さんとのお話、みなさんとの時間
僕にとって初めて、自分がステージにたつこと。
どんなお話が飛び出し、どんな「場」になるのか。
緊張しつつも第一歩を踏み出します。

7/5をどうしようか迷っている方、お席まだあります。ぜひ。
posted by dan at 00:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月21日

来るぅ!!

来る来る来る来る、くるー!

サンセベリーノにアンジェロ・ドゥバール&ルドヴィック・ベイエがー。

ジャンゴ好き、ジプシー好きには外せません!

これ、行きます。

詳しくはこちら。
http://www.plankton.co.jp/sanseverino/index.html

この人たちが来日!







こちらもー(クリック


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2009年05月18日

三輪崇雅の世界を巡る旅 ギターと彼のお話のステージ

今年はじまって初のダンズ・テーブルのイベントの開催です。

『三輪崇雅の世界を巡る旅 ギターと彼のお話のステージ』

僕のなかではずっとやってみたいと思っていたタイプのイベント。

ぜひ!
posted by dan at 09:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする